「坊っちゃん」の本当のタイトルは「坊っちゃんから清へ」だと思う

青空文庫で人気の「坊っちゃん」。そんな名作で、清に注目して新たな解釈をしました。

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夏目漱石「坊っちゃん」とは

あらすじ

両親や兄弟とも不仲だった江戸っ子基質の主人公「おれ」。兄からの支援で学問を学び卒業後、四国の中学に赴任する。そこで巻き起こる生徒とのドタバタや同僚とのいざこざなど、生来の無鉄砲さからさまざまな事件が起こります。そして、ある事件をきっかけに同僚の赤シャツに天誅を食らわし‥。

登場人物

・坊っちゃん:作中では第1人称の「おれ」。生来の江戸っ子基質で曲がったことが大嫌い。無鉄砲だが義理に厚い性格。漱石が松山で教師時代にいた同僚がモデルと言われてます。
・清:「おれ」の東京在住時代の下女。
・赤シャツ:教頭。陰湿な性格で言葉巧みにことを進める。「野太鼓」が腰巾着。
・山嵐:同僚の数学教師。正義感が強く生徒からの信頼も厚い。
・うらなり:消極的な英語教師。マドンナの元婚約者。

坊っちゃんの1読目の感想

とっても読みやすい。これが青空文庫という、昔の文学かと思わせるくらい、軽快なテンポで、現代でも読みやすい言葉選び。ボリュームも多く無く、後で知ったのですが、漱石の出世作「吾輩は猫である」の約半分というライトな文量。何度も読み返したくなりました。とりあえず、電子書籍リーダーを買ったら最初に入れる一冊として超オススメかと。

数学教師として不妊するも、授業風景や生徒との愛情あふれる触れ合いなどはほとんど描かれず、基本「おれ」を取り巻くドタバタや同僚たちとのやりとりがメインで、教師ものの小説ではありません。どちらかというと、不妊前の家族や清とのこと、赴任後の下宿の人や同僚とのやりとり、といったどこにでも居そうな人物描写とその滑稽なやりとりが、現代人の私達でも共感させられる、そんな作品かと思います。

また、文体の軽快さもこの作品の面白さ。喧嘩をする様も「ぽかんとなぐる」「ぽかぽかと」と、とても激しい喧嘩をしているとは思えません。しかし、そんな言葉選びや一文の長さが、作品に圧倒的なテンポを生み出しています。

とりあえず無料ですし、普通にオススメです。解説を読みたいという人は有料版を探すと良いでしょう。

この作品は清への手紙だと思う

おれの清(きよ)に対する気持ちの変化

坊っちゃんを読んだことがある人でも、清という人物について熱く語る人はいないと思います。

しかし、何度か読むうちの、坊っちゃんの清への接し方が変わるところに、とても興味を覚えました。

中学赴任前、東京にいる頃の話。坊っちゃんが家族から叱られた時。

清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌きらいだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を眺ながめている。自分の力でおれを製造して誇ほこってるように見える。少々気味がわるかった。

下女(奉公人)である清が、自分にとても優しいことを訝しく思う坊っちゃん。まあ普通そうですよね、血のつながっていない人から、とにかく褒められまくったら。

しかし、坊っちゃんは最終的戻った東京でこう言います。

おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄かばんを提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙なみだをぽたぽたと落した。おれもあまり嬉うれしかったから、もう田舎いなかへは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。

あれほど怪訝そうに思っていた清のところへ、真っ先に向かう坊っちゃん。そして、清とうちを持つんだとさえ言ってしまうほど。

子は親から離れて親の有り難みをわかる、とは言われますが「おれ」の場合は、親ではなく清なのでした。

清は坊っちゃんの母親説

ふと思ったのですが、清は実は坊っちゃんの母ではないかと、それならば無償の愛情も納得がいきます。実際、そういう論調もあるそうで、wikiに書いてありました。

ただ、それ以上に私自身がもしや!と思った解釈は、作品「坊っちゃん」は、遠く離れた清へ坊っちゃんが書いた手紙ではないかということ。

実際、坊っちゃんは、赴任後清から手紙をもらいますが、「今にいろいろな事を書いてやる。さようなら」と数十文字程度の返事ですませます。しかし、清は「二月肺炎はいえんに罹かかって死んで」しまいます。坊っちゃんは赴任した年に帰ってきてますから、1年も一緒にいられなかった計算になります。

清を逝かれたとき、もっとそばに居てやれば良かった、きっとそんな後悔の念にかられたのではないでしょうか。

そして、その坊っちゃんが、天国の清へ記した手紙風に書いたのではないかと思ったのです。

あの有名な冒頭もそう思うと違って読める

実際、東京に戻ってからは清の近くに居たわけですから、ほとんど記載はありません。そういえば清のことは的に記す程度です。また、幼少期の頃は「当時おれはこう思ってた」的な文章、とも読めなくもありません。

そして、あの有名な冒頭。

おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。

何とも言い訳じみた表現に思えませんか?誰に?もちろん清に、です。

至るところで引用される「親譲りの無鉄砲さ」は、清への手紙と解釈しますと合点がいきます。「清、ごめんな。おれは意識してないんだけど、どうも親譲りの無鉄砲さで・・・いろいろと心配かけて済まなかった」と。

子供を持ち、親の立場になると、また違った印象を持つこともあるんだなあ、と本作を読んで思いました。

読み返すたびに新しい発見がある「坊っちゃん」

「おれ」を客観的に見てしまえば、ほうとう息子で、仕事につくも1ヶ月で帰ってきてしまうお坊ちゃま、とも言えます。

そして、「おれ」は赤シャツに天誅を食らわすも、決して勧善懲悪ものに終わらない。

そんな深みが作品を名作にまで引き上げていると思います。

「坊っちゃん。ちゃんと職に就かれたのですね、清はいつでも見ていますよ。」

そう思ってからは、いつも最後で涙腺が緩んでしまいます。

いつか、実際にあるという養源寺の清のお墓に行ってみたいなあ。

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